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2009年5月

アニマルコミュニケーション

先日、アニマルコミュニケーターのセッションを受けてきました。

本当は生きているときに受けたかったんだけど、まさかこんなに早く旅立ってしまうなんて思わなかったもので。。。

私にはスピリチュアルなパワーは無いけれど、こういった能力を持っている人がいるっていうのは信じています。

でも問題は、どの方にお願いするか。。。というところだと思います。

私がお願いしたのは、アニマルコミュニケーターの楠本倫子さん。

お会いしてみて「この方だ!!」と直感しましたheart04

茶豆に聞きたかった事、「我が家の子になって幸せでしたか?」

もちろん、あの子が幸せだったと言うことは胸をはって言えるのですが、チャマを失ってぼろぼろになってしまった私は、どうしてもそれを確認したかったのです。

楠本先生のブログにセッションの内容を載せていただいているので、興味のある方はそちらを見てみてね。

こちら→ 楠本倫子さんのブログ

チャマから最初に届いたメッセージ。

「お母さん。。。」

私の事を、強く思っていてくれて、心配しているようだった。

そして、チャマも私たちと同じようにとても悲しんでいた。

「もっと一緒にいたかった」

動物は人間よりも死を理解していて、安らかにそれを受け入れる、というのを以前にどこかで聞いたことがあったけど、チャマの場合は「家族みんなでもっと一緒にいたかった」という残念で悲しい気持ちが強いようだった。

そして天国に行くのをためらっているようだった。

チャマから届くメッセージもたくさんもらったし、こちらからの質問にもたくさん答えてくれた。

チャマを捨てた前の飼い主のこと。

私たちの事をどう思っていたか。

病気の事。

倒れたときの事。

赤ちゃんの事。

リリの事。

今後の事。

そして我が家にやってきた意味。  

などなど

一番うれしかったのは、我が家に来て、「こんなにも安心できる家族(場所)があるのかとびっくりした」と言っていたそうです。

セッションで茶豆の愛をたくさん感じることができました。

生前、私はワンコたちによく、

「君たちは愛を学びに我が家にやってきたのよ」と言っていましたが、実際は真逆で私が茶豆たちから愛を教えてもらっていたんですねcoldsweats01

もちろんあくまでも個人的な感想です。

信じる人もいれは信じない人もいるでしょう。

でも私はこのセッションで、深い悲しみから一歩ぬけだすことができました。

セッションの終了の時には茶豆の悲しみも癒え、天国に行くと言っていたそうです。

成仏できずにさまよっているより、天国で楽しく暮らして、また会える日を待っててもらったほうがチャマにとってはいいのだ。

その日を境に、死んでからも感じていた茶豆の気配を全く感じなくなりました。

本当の意味でのお別れがきたんだね。。

今なら、チャマにすがりつかずに笑顔で「いってらっしゃい」って言えるよ。

このブログのタイトル 「Sampai jumpa☆」

インドネシア語で「また会おう☆」

チャマちゃん、また会おうね。

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どうしてあの時。。。

茶豆が亡くなってからは、発作の時の事や最後の苦しい顔ばかりが、繰り返し繰り返し頭の中に浮かび、後悔と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「どうして病気に気づいてあげられなかったんだろう」

「どうしてもっと一緒にいてあげなかったんだろう」

「どうしてあの時。。。」

「ごめんね」と抱きしめたいのに、あのフワフワの小さな体はもういない。

日に日に、あの子が亡くなったことを実感し、恋しくてたまらなかった。

一日中、茶豆を想ってただひたすら泣いてばかりいた。

周りは「泣いてばかりいたら茶豆が悲しむよ」って言うけれど、無理して泣くのを我慢する必要もないと思った。

これだけ辛く悲しいのは、それだけあの子を愛していたのだから。

それをあの子はわかってくれる。

あのつぶらな瞳で、私が泣き止むのをじっと待っていてくれているはず。

本当に本当に、優しい子だった。

私は一日中、どこにいても泣きまくった。

子供をおんぶして自転車に乗っていても、ベビーカーで散歩中でも、電車の中でも、、、

これだけ泣いたら少し楽になった。

実は先日、アニマルコミュニケーターさんのセッションを受けてきた。

茶豆にどうしても聞きたかった事。。。

「我が家の子になって幸せでしたか?」

詳細は後ほど書きます。

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発作の記録⑤

発作の記録①

発作の記録②

発作の記録③

発作の記録④

2009年5月8日

娘の満1歳の誕生日だった。

私のお腹に赤ちゃんがいると知ったのは2007年の9月

チャマが我が家にきて、2ヵ月後の事だった。

10年以上子宝に恵まれなかった私たちにとって、この上ない喜びだった。

チャマの命を助けたから、チャマがこの子を運んでくれたんだねと、この妊娠を『チャマの恩返し』と呼んでいた。

娘を出産し、退院して家にもどってきた時、チャマは赤ちゃんが来た事をとても喜んでいた。

そして赤ちゃんにべったりだった。

布団でいつも一緒に寝ていたし、出かけるときもいつも一緒。

赤ちゃんがしつこすぎて嫌がるときもあったけど、チャマは一年間、娘の成長を見守り続けてきた。

ただただ寝っころがっていただけの赤ちゃんも、今では一人で歩く、立派な幼児になった。

その日の夕方、家族で誕生日パーティーをした。

そして恒例の家族集合写真を撮って、記念に家族全員の手形を粘土にとって焼いた。

もともとは、赤ちゃんの手形足型をとるものなのだが、ワンコたちも一緒にとった。

主人も私も、口にこそ出さなかったが、チャマの生きていた証を形にして残したかった。

お別れが近い事を感じていた。。。

最初の大発作の日からそうだったが、昼間はなんとなく調子がよくて(寝たきりだったが)、夜は調子が悪いというのを繰り返していた。

それは日に日にひどくなり、一晩中叫び続けるようになっていた。

2009年5月10日(日)

朝起きると、チャマの顔の下に敷いていたバスタオルがよだれでビショビショになっていた。

毎朝恒例の、おしっこしぼりをしようと膀胱を触ると体が熱い。

なんとなく熱い、じゃなくてあきらかに熱かった。

熱を測ると41度3分

濡らして絞ったタオルで冷やし40度ぐらいまで下がった。

でも、口をイーと横に開いていて大きく呼吸し、とても苦しそうだった。

この日も運悪く、病院は休診の日曜日

それでも先生の携帯に直接電話したところ、朝から手術が1件あるので14時に診てもらえる事になった。

この日、強制給仕であげたご飯をそのまま吐いた。

もう体がご飯を受け付けなかった。

水はシリンジで飲ませたが、そのまま垂れ流す状態だった。

病院について、すぐ診察

おそらく抵抗力が弱っているところになんらかの感染症をおこしたのでしょうと。

脱水を起していたのですぐに点滴と薬の投与

熱も少し下がっていた。意識もはっきりしてきた。

「熱があるうちは望みがある。」と先生に言ってもらって安心した。

先生と話すととても落ち着く。

「明日また見にいくから。」と言う事で帰宅した。

16時  状態は落ち着いていたので1時間ほど外出

主人は家で仕事だったので、合間に見てくれていた。

17時15分ごろ帰宅した。

チャマは眠っていた。

良かった。。。 生きてる。

昨日、チャマの為に購入した、介護用ベッドで一緒に横になった。

するとチャマの呼吸がだんだん弱くなってきてとまった気がした。

「チャマ!!??」

家の玄関で仕事をしていた主人をすぐ呼びにいった。

「チャマが呼吸してない!!」

部屋に戻るとチャマの呼吸が戻っていたが、もうチャマは虫の息だった。

お迎えがすぐそばまできていることを確信した。

苦しそうに苦しそうに、でも精一杯頑張っていた。

チャマはこんなに強い子だったんだ。

私はチャマを抱っこし、

「チャマ。頑張ったね。。。ママをおいてもう逝っていいからね。大丈夫だから。。」と号泣した。

その後何度も何度も止まっては持ち直す呼吸

「天国で待っててね。。。」

そう背中をトントンしていると、チャマは静かに息をひきとった。

2009年5月10日  18時4分

赤ちゃんの1歳の誕生日を見届けて、ママっ子だった茶豆らしく、『母の日』に天国へと旅立ちました。

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発作の記録④

発作の記録①

発作の記録②

発作の記録③

2009年5月1日

チャマはこの日からご飯を全く食べなくなってしまった。

口に入れても全部ベーっと出した。

完全に、食べることをやめてしまったようだった。。。

先生の指示通り、この日から強制給仕を始めた。

生肉を喉まで押し込んで飲ませるというものだ。

以前、何かの動物番組で同じような光景を見たことがあった。 

動物と話ができる、アニマルコミュニケーターのコーナーだった。

たしかその子も重い脳の病気で寝たきりに。

自力で食べることができず、 飼い主さんが30分かけてご飯を喉に押し込んでいた。

その飼い主さんもその子が無理やり生かされているだけなのではと悩んでいた。

チャマも全く同じ状態だった。

食べなければこのまま死んでしまう。

ご飯を喉に入れられて苦しむチャマを見て、私が無理やり生かしてるのではないかと心が張り裂けそうだった。

それでも、いつかチャマの食欲が元に戻ってくれる事を信じ、「それまでの間だからね。頑張ろうね。」「上手に飲み込めたね」と言いながら、強制給仕を続けた。

この日の先生からのアドバイス

・立たせる練習をするように。

・いつものトイレに連れて行く。

・脱水を起さないように水をこまめに飲ませる(濡らした脱脂綿を口の横からしぼって飲ませる)

・生肉(赤身を多く)をあげる。

・通常の生活に少しずつ戻す

・床ずれしないようによく体勢をかえてあげること。

・食べることをやめてしまわないように、甘いものをあげてみたりする。

「おそらく先天性の脳の病気。。  たぶんてんかんじゃないかと思う。。」

そう言った先生の言葉を思い出し、ネットでありとあらゆる情報を調べてみた。

犬のは少なかったので、人間のてんかんに関するものも読みまくった。

絶対てんかんだ。。。

ほとんどの特徴がチャマに当てはまるものだった。

「はっ」とした。。。

もしかしたらうちにきた当初からあった、チャマの奇妙な行動も、発作のひとつもしくはその前兆だったのかもしれないと。

金属音が嫌い

大きな音やびっくりした事、怖い事があると腰が抜けたように全身脱力してしまう。(ウンチを必ずもらす)

常に何かにおびえている

突然飼い主から隠れる  などなど。。。

前の飼い主が茶豆を殺処分に持ち込んだ千葉のセンターでは、当初歩けなかったらしいが、その後よたよたしながらもすぐに歩けるようになっていた。

もしかしたらそれも発作が関係していたのかもしれない。

発作というと、意識がなくなって痙攣して、、、、というのを想像するが、いろんな種類の発作があるらしい。

とても怖がりだったし、もともと足腰も弱かった。

怖い事があって脱力してしまった時も、意識ははっきりしていたし、その後もケロッとしていたので、まさか脳の病気だったなんて思いもしなかった。。。

2009年5月5日

薬を変えてここ数日、昼間は落ち着いてきた。

これからきっと長く続く介護生活。

24時間ずっとくっついてる訳にもいかないので、そろそろ普段の生活に戻ろうと思った。

ちょうど、母の誕生日だった為、3時間ほど外出

主人が仕事の合間にチャマをみてくれていた。

特に問題なし

2009年5月6日

GW中だったが、薬が無くなったので、先生のところにもらいに行った。

先生がチューブ式の栄養剤をくれた。

2009年5月7日

相変わらず首から下は動かない。

昔の蛇のおもちゃのようにグニャグニャで、抱っこもうまくできなかった。

四肢は、おもいきりつねっても全く反応なし。。。

私のことすらわかっていないようだった。

お水は結構飲んだ。

食事は強制給仕にも慣れてきたようで、苦しそうにする事もなくなった。

相変わらず、お菓子やお芋も食べなかった。

唯一、カロリーエース(流動食?)だけは、口元にもっていくと自ら飲んだ。

チャマは生きようと頑張っているのだ。

うれしかった。

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発作の記録③

2009年4月29日(水)

深夜1時 4時半 7時半

軽い発作(顔をこすりつけるようにカクカク)  

胸をナデナデしていたら治まった。

8時  起床 おしっこしぼる

生肉、野菜の粉、ヨーグルトを混ぜたものを60g食べてくれた。

それ以上は食べなかったのでさつまいもに薬を混ぜてあげた。

好きなものは食べる元気はあったので安心。

でもまだ目はうつろで、首から下は動かなかった。

母乳にぬるま湯をまぜてあげるとよく飲んだ。

チャマは食べ物アレルギーがあるので、今まであげたことの無い食べ物をあげるのに抵抗があった。

母乳は以前に、指についたものをあげたら舐めていた。

その際、アレルギーはでなかったので大丈夫だと思った。

13時 おしっこしぼる

お母さんがお見舞いに来てくれた。

お客さんが来たのに、ワンともいわず横になったまま。。。

しばらくして、お母さんがトイレに立ち上がったとき、かすれた声だったけど「ワンワン」言えた。

15時  水を飲まないので再び薄めた母乳

この日は発作は無いが、ずっと横になったままで目だけ動かす。

19時 ご飯食べず、水も飲まず、ついには大好きなさつまいもも食べなくなった。

21時 薬を飲ませたかったので再びさつまいもをあげたらサイコロ程度の大きさを一口食べた。

その後は口をあけてくれなかったので、薬を粉にしてシリンジで飲ませた。

ご飯(肉)は口に入れてもベーっと出す。

22時 おしっこしぼって就寝

2009年4月30日(木)

朝方 4時 軽い発作

朝食は全く食べなかった。元気も無し。

最初に行った近所の病院では原因はわからなかったので、いつもお世話になっていた先生にセカンドオピニオンをお願いすることにする。

10時半  最初の病院にレントゲン画像をもらいに行った。

病院から戻って、留守番していたチャマに声をかけに行くと、寝たまま「お帰り」と顔を舐めてくれた。

久しぶりにチャマとコミュニケーションとれたので、とってもうれしかった。

これがチャマが私にしてくれた最後のキスだった。

この日はお友達のmadokaさんがお見舞いにきてくれた。

今は栃木に引っ越してしまったのでなかなか会えなかったけど、チャマはmadokaさんを覚えていて、madokaさんからお芋を少し食べた。

15時半  先生が家にきてくれた。

レントゲン画像では問題なし

最初の病院で指摘された頚椎は問題なしとの事だった。

発作の動画を見せて、これまでの状況を説明すると先生は、「おそらく、てんかんだと思う」と。。。

最初の病院で飲んでいたのは、麻酔薬と関節の痛み止めだった。。。

薬を翌日からてんかんの薬に変更することになった。

この日の夜も、チャマは声にならない声でずっと叫んでいた。  

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発作の記録②

4月27日(月)の続き

10時に動物病院へ連れて行く。 そしてそのまま入院。

ご飯もまだ食べれないので点滴と注射で様子見

昨日のレントゲンの検査では異常は無く、原因不明との事だった。

まずはこの状態を落ち着かせる為の治療となる。

夕方にまた電話するということでいったん帰宅。

リリは家の中をチャマを探してクンクン。。。

チャマがいなくてずっと鳴いていた。

17時  病院へTEL

状態は落ち着いているのでお迎えにきてOKと言われる。

病院につくと診察台の上に横になったままのチャマがいた。

起き上がれないけど意識ははっきりしていて、私をみて首をおこそうとしていた。

おしっこが自力でできないので、膀胱の絞り方を教わる。

最後に痙攣止めの注射をして帰宅となる。

19時  ワンコのご飯の支度を始めた。

いつもならご飯の準備を始めると、私の足元にまとわりついてずっと見つめてくるのだが、まだ起き上がれないチャマは居間で横になったままだ。

すると声にならないかすれた声が聞こえてきた。

チャマだ。

そしてもう一度、振り絞るかのように「ワン!」とかすれた声が聞こえた。

チャマの精一杯の「お腹すいたよ」のアピールだった。

倒れてから何も食べれなかったので、食欲がでてきたと、とてもうれしかった。

いつもの馬の生肉に野菜の粉、そしてチャマの大好きなヨーグルトを混ぜてあげる。

口まで一粒ずつ持っていったら、横になったままパクパク食べてくれて、いつもと同じ量(80g)を完食した。

チャマが回復してきているのを実感し、一安心。

その後は寂しかったのか、誰かが部屋から出て行くと声にならない声で「ワンワン」と呼んでいた。

普段チャマは、ピンポンや来客、物音がした時しか、ワンワン言うことがない。

これまで要求で吼えるということは一度もなかったが、この時はチャマがなにか訴えたいんだと思っていて、あまり気にしていなかった。

夜  居間で横になっていると突然顔を反り返らせ上下にこするように動かし始めた。

そして出ない声で叫んでいた。

息が苦しいみたいで、もがいているようだった。

先生に明日説明するのに動画を撮る。

どうすることもできなくて、ただ呼びかけながら見守ることしかできなかったが、そのよびかけにも、チャマは反応していなかった。

だんだん激しくなり、歯の音がカツカツなるくらい口をパクパク動かす。

頭は弓のように反り返ってしまった。

歯茎の色がだんだん白くなる。

22時25分  処方された座薬をいれる (ダイアップ 小児用熱性痙攣の薬)

5分ぐらいすると発作が治まるも、10分後には再び発作

呼吸はできているが、今までで一番激しく、最初に倒れたときの大発作と同じぐらいの感じだった。

22時55分 2個目の座薬

一旦は治まったがすぐにまた発作

一晩中、眠れなかった。

2009年4月28日(火)

ふと気づくと朝

いつのまにか眠っていたようで、チャマも落ち着いていた。

発作なし   おしっこもなし

ご飯を食べれないので薬も飲めず。。

10時に病院へ連れいてく。

昨夜の状況を説明し、動画を見せた。

原因も病名もいぜん分からず、、、

もしかすると、頚椎が一箇所欠けているような部分があるのでそこからきているのかもしれないと言われた。

ここでは手術できないということで、大学病院をすすめられた。

しかしこの状態では麻酔を使うMRIなどできない。

これからの治療としては、自宅での投薬で様子見との事。

この日は注射を打っておしっこをしぼってもらった。下痢も出た。

座薬は3日で抗体ができるからもう使えないと言われた。

もらった錠剤は1日最大2錠まで。

通常1/2錠を朝晩2回

発作が起きたらそれを粉にしたものを水で溶いてシリンジでのませるよう言われた。

その他に整腸剤と痛み止めがでた。

発作がひどいようだったりご飯が食べれなかったらまた来院するようにとの事。

家に戻ってからのチャマはずっと眠っていた。

発作もなく穏やかに眠っていた。

15時30分ごろ 大好きなさつまいもをあげたら少し食べた。

生肉も3かけらぐらい食べてくれた。

それからは、目だけ動かしていたけど、首から下は全く動かさなかった。

18時30分  生肉3かけら

それ以上は口をあけなかったので、サツマイモに薬を仕込ませたら食べてくれた。

おしっこしぼる

22時  おしっこしぼる  お水と生肉の血はよく飲んだ。

私の母乳をあげてみたら、おいしそうに飲んでくれた。

この日はこれまで発作なし。就寝。

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発作の記録①

茶豆の発作について、個人の記録としてブログに書くことにしました。

あまりにつらい内容で、将来読み返すことも無いかもしれない。

でもチャマが頑張って生きた2週間を何か形に残したいのです。

2009年4月26日(日)

14時30分  「お散歩いく?」と聞くとチャマはリリを押しのけて喜び、テンションがあがる。

今までで一番のハイテンションだった。

いつも通り、娘をおんぶして二頭引きで家を出る。 

家をでた門の前で、自転車に乗ったおじいさんとワンコに出会う。

通り過ぎるのを待ったが、こちらによってきてワンコをご挨拶させようとしていた。

当然我が家の二匹は激吠え。。。

「うちのワンコは怖がりなのですみません」と言ってその場を去ろうとしたが、最後におじいさんが、りりに自分のにおいを嗅がせようと突然手を出した。

ビックリしたりりは「やめて!!」と、おじいさんの手を噛みそうになった。

「すみません。びっくりしたので。。 大丈夫でしたか?」と聞くと「大丈夫」との事で、おじいさんとワンコはそのまま家の前から去っていった。

足元を見ると、チャマが横に倒れて尻尾をパタパタしながらウンチをもらしていた。

もともとチャマは重度の怖がりで、我が家に来た当初からビックリしたり怖いことがあると必ずウンチを漏らしていた。

それでもいつもはそれだけで終わっていたのに、その日は違っていた。。。

倒れたまま四肢はピンとなり、細かく痙攣。。。

そして舌を出して、大量のよだれを出していた。

その舌は驚くほど白かった。

「チャマ!チャマ!」 呼んでも反応はなく、目をむいて痙攣したままだった。

たまたまその日、自宅の修繕工事していた主人が屋根にいたので、その場からすぐに主人を呼んだ。

「パパ! チャマが!チャマが!おかしい!!」

主人も急いで屋根から下りてきた。

そして門の前からすぐに、チャマを家の玄関に入れた。

チャマは呼吸をしていない。。。

主人がすぐに人工呼吸をし、名前を叫び続けてなんとか回復してきた。

とても長く感じられたが、実際のところ発作が始まってからここまで3分~5分程度だったのだろう。いや、10分ぐらいか。。。

どうしていいのか分からず、いつもお世話になっているハッピースポアのまるこさんへTEL

すぐに日曜日にやっている近所の病院にTELし、診てもらう事になった。

車を取りに行った主人を待っている間、お店の営業中にも関わらず、まるこさんが飛んできてくれた。

お店の番は、お客さんがしてくれているようだった。

チャマの状態は、倒れたときより良かったが、それでも呼びかけには反応せず、横に倒れたままだった。

病院へ到着

すぐに中に運ばれていった。

しばらくして先生が出てきた。

病院についてからも小さな発作は続いていたらしく、ビクンビクンしたり四肢がピンとしたりしているようだった。

発作を抑える薬を使っても治まらず、さらに薬を強くして様子見

さらに薬を変えて。。。

それでも治まらなかった。。。

このまま治まらなければ、麻酔を使って眠らせて発作をとめるという話だった。

そのままICUで入院となる。

先生からは、「重積発作で状態としてはよくない」「入院中このままお別れになることもある」と覚悟するよう言われた。

夕方に病院に電話を入れるということになり、いったん帰宅となる。

18時  病院へtel

ICUで状態は落ち着いてきたので、麻酔は使用しなかったとのこと。

今日はこのまま入院と言われた。

このまま入院中に万が一なんてことがあったらどうしよう。

家族もいないところでチャマを旅立たせるなんてことはできなかった。

もしもの時は、絶対に我が家でと決めていた私たちは、

「私がいないとチャマが不安がるので、今夜は家に連れて帰りたいんですけど。。。」と聞くと、

「薬でぐったりしてるので、飼い主さんがわかるような状態じゃないと思います。」

そう言われたけど、「いや、夜中に万が一なんてことがあったら嫌なので」と言うと、明日の朝に病院にまた来るということで、しぶしぶOKしてもらった。

18時30分 病院にお迎えにいく

奥から出てきたチャマはとてもぐったりしていて、顔がよだれでびしょびしょだった。

薬の作用で朦朧としている感じ。

先生の言う通り、私のこともわからないほどぐったりしていた。

もちろんご飯も食べれなかった。

夜中    チャマは突然声にならない声で叫びだした。

何度も何度も。。。

息も苦しそうだった。

頭を反り返らせてカクカクしている。

体も異常に冷たかった。

その夜、チャマを暖めるようにして抱いて寝た。

2009年4月27(月)

朝起きると、下に敷いていたトイレシートにおしっこがそのまま垂れ流しになっていた。

チャマも起きている。

「チャマ、チューして」と言うと、いつものように顔をぺろぺろしてくれた。

良かった。チャマの意識がはっきりしている。私のこともわかっているんだ。

わたしは、朝には薬がきれているからチャマは起き上がってくるものだと思っていた。

しかし、抱っこしても意識ははっきりしているにも関わらず、全身だらんとしたままだった。

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愛しいわが子

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チャマちゃんは本日、お骨になってしまいました。

昨日、チャマちゃんのお友達が最後にお別れをしてくださいました。

まるこさん、えのちゃん、まつたけ、aiちゃんママ、aiちゃん、エメちゃん、おいちゃんママ、おいちゃん、ドリママ、DORI、デコ、ムサママ、ムサ、サクラママ、サクラ、レンママ、レン、くーちゃんママ、ぽんちゃんねーちゃん、ぽんちゃん

お母さん、お姉ちゃん

そして先生。

最後にチャマちゃんにお別れをしてくれてどうもありがとうございました。

チャマも可愛がってくれたみんなに会えて喜んでることと思います。

そしてたくさんのお花、ありがとね。

チャマちゃんの棺は、天国みたいにお花でいっぱいになったよ。

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突然ですが。。。

我が息子茶豆が、4月26日に突然発作を起して倒れ、寝たきりに。

その後2週間頑張った末、5月10日に天国へと旅立ってしまいました。

詳細は後日改めて書きます。

取り急ぎご報告です。

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